2018-05-31

ニーズがあるのかすら不明ですが、半分自分用に。マクロンSNSリンク集

フランス大統領エマニュエル・マクロンさんはSNSを酷使して色々と発信しています。

アメリカ大統領のようにすべて自らツイートしているというわけではないのでしょうけど、Twitter見る限りはマクロン節も炸裂しているといっていいでしょう。

大統領選のころ、当選後しばらく?は自らの決めぜりふをJPEG化して写真として載せていましたが(マクロンに限ったことではありませんでしたが)、Twitterの欧文の場合は280文字仕様になったおかげで、いまはそうする必要もなくなったようです。

ブログの左側の欄にエマニュエル・マクロン名義のSNSリンクのリストを作りましたので、ご興味があるかたはお役立てくださいませ。



これ以外にもエリゼ宮(大統領府)名義のものや、政党「共和国前進」名義のものもありますが、きりがないのでマクロン名義のものにしました。ほかにもLINKED INもありましたが、TumblrとPinterestはやっていないようです。

……やれやれ。

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重ね重ねどうぞよろしくお願い申し上げます。



2018-05-29

「革命」を初めて読んだときのこと。私にとっての「アンガージュマン」。それから日本経済新聞5月26日朝刊読書欄。

4月初旬に出版されたこの本も、なかなかネットでは批評が出なくてどうしたものかと思っておりましたが、よく考えてみれば、これだけの内容でありボリュームである以上、出版されてから書評をお願いしますということであれば、相当な時間が必要かと思います。

この本、私が原書で初めて読み、版権をとるべきかどうか読んでまとめてほしいと頼まれたのはマクロン大統領が大統領に当選した直後でした。確か持ち時間は1週間も与えられなかった……



と思って今メールをふり返ってみたら、翻訳会社が私に連絡をくれたのが去年の5月8日の16時すぎで、締め切りが10日の昼12時ですね。依頼元の出版社が本をとりよせてみたら版権会社が他の出版社からも引き合いがあるので10日までに結論を出せと迫ったとかいう理由でした。

当時マクロンを面白がってウォッチしていた自宅警備員の私はああこの人面白いからといって引き受けたようです。今から思えばそんな依頼を二つ返事で引き受けるなんて狂ってるとしか思えない。

確か『エル ELLE』のゲラ待ち状態で、しかも連休明けで息子もやっと学校に再び行き始め、やれやれと思っていたところで、そのうえ当時引き受けていたPTAの総会の余興の司会を12日の午後にひかえているという状況でした。

つまり、少し家事をしようかなと思っていたその間に1日半でこの仕事をやって(ほとんど寝なかったと思います)、案の定、私は、余興の前日11日に体調を崩し(今から思えば発熱していたと思う)、当日12日にダミ声で参加者をドン引きさせたわけです。ダミ声って普通に聞いてる分にはそうでもないけど、マイクとおすとすごいんですよ。

第一声を発したとき思いましたもの。「私おわったな」と。「来年は仮面ライダーじゃんけんでもやってくれ」と。

PTAの総会の余興っていうのが毎年恒例のウルトラじゃんけん。

それを勝ち抜きでやり最後は椅子取りゲームで勝ち抜いた人に賞品をさしあげるという企画。最高学年の学級委員はその進行役担当でした。

PTAってそんなことするの?って思うかもしれませんね。私も過去5年間PTA総会出たことなかったので、そりゃあもう驚いたわけですけど、おそらく今年はなくなったのではないかと思います。

余興廃止は個人的にはいいことだと思います。PTA会費の使い道としても。役員や委員の時間の使い道としてもね。
もし、去年の私が救われるとしたら、マイクをとおした馬鹿でかいダミ声で雰囲気をぶち壊し、悲壮感というかやけくそ感が満載だったってことが、ほんの少しだけPTAの仕事の軽減化に寄与したかもしれないという点ですね。
ま、ほとんどの人がそんなことすっかり忘れていると思いますが。

でも、ダミ声だろうと美声だろうと、どっちみち、そういう方向なんですよ。
共働き家庭が多数派のきょうび、PTA総会平日の午後に来れる人なんていないもの。
それどころか役員・委員・係を誰にするかでさえ、決めるのが年々大変になっています。
一方で、それでも引き受ける状況にある方々は他のご兄弟の親としても引き受けていたり、それが同じ学校ならまだしも、中学校や高校や幼稚園でもいろいろあります。
自宅警備員の副業のほうがよっぽど時間の拘束はゆるいかも。

つまり、自宅警備員こと私が最高学年にもかからわらずPTAの学級委員をあえて引き受けた理由がここにあります。
あれは去年の3月でしたかね、あのとき教室にいた周りの方々をぐるっと見渡したわけです。私の副業も不安定で不定期ですし、息子に中学受験させるっていってもさほど熱心でもなく、しかも子どもも一人というんじゃこのクラスの参加されたお母様たちの中でもしかしたら一番私が「暇人」かもと思ったわけです。

もう社会貢献というものを、そうマクロンのいうところの「アンガージュマン」ってやつですよ、私は何もしていないんじゃないかという罪悪感に恐ろしくさいなまれたからです。毎年そうだったんですけどね。

いたたまれなくて私はとっとと家に帰りたかったの!
火中の栗を拾うことになってもしょうがないやと思ってたの!
そんな仕事私には絶対に不向きだと思ったけどね! 実際に向いていたかどうかといえば向いてなかったと思う。

当時の私は、大人数の前で話すことに対してひどく苦手意識を持つようになってしまっていて、あまりにも苦手なあまり、いきなり余興の進行役降られたら絶対自滅すると思い、綿密に進行表と脚本を用意していたんですよ。
たしか連休中に。たかがウルトラじゃんけんですよ。バカですよね?

そんなに熱心に用意したら、当然この人司会やりたいんだって思われますよね。
それにそんなに熱心に書いたら、やっぱり私が司会やるべきじゃないかって自分でも勘違いしますよね。
私の場合、そういうふうにやることなすこと、自分が必ずしも望んでいなかった方向に行ってしまうのです。
そして変な経験をしてしまう、というオチ。

話がだいぶそれてしまいましたが、もちろん『革命』の原書を1日半で全部読むのは不可能ということで、読んでほしい章はいくつかしぼられていました。ですが私は、それらを読んだ末に一応全部目をとおしました。
それぐらい引き込まれてはいたのだと思います。
でも残念ながらレジュメとして短時間でアピールする文章力までがともなわなかった。10分遅れで提出しています。その日は徹夜して読み終え、朝に書いたのだと思いますが。

もう一気に4ページずら~っと内容と感想一緒くたに延々と書いていましたが、締めくくりに私はこう書いていました。ああそうだったなと懐かしく思ってしまいました。たった1年前なのに。

火中の栗をあえて拾っただけの人物だと納得させられる、著者の情熱を感じられる本だと思う

もう締め切り10分過ぎていたので、変な言い回しになっていることは勘弁して下さい。

でも、ざっと読んだだけで、確かに私はマクロンをウォッチしていましたけど、やっぱりこの人ただものではない(なんて大統領に向かって言う言葉じゃないですけど)と感じたんですよ。そして「出来ないかもしれないという恐れ、自分が損をするんじゃないかという恐れ」なんて度外視してしまうキャラ、つまり「見て見ぬ振りができない」というキャラにひどく感情移入してしまったところもありました。

結局、依頼元の出版社は版権をとるのを見送ったのか、めぐりめぐって、別の出版社から翻訳の依頼が私が長年お世話になり仕事の窓口になっていただいている翻訳会社に来たわけです。

やっぱり縁があったのだと思います。

といっても、その仕事を引き受ける頃にはいいかげん息子の中学受験も真剣に考えなければならない時期になっていましたし、結果としては、当初予定として出版社から言われていた出版予定日からははるかにずれ込んでしまいました。
実質、下訳的な役割でいいから、という依頼だったからこそ引き受けられたけれど、という状況でした。

原稿は収めたはずだけど、出版予定日と言われてた日も過ぎてしまい、ここまできたら1月までならゲラ直しは待てます。でもそれ以降は無理です、と確か11月にも12月にも翻訳会社には言ったほどです。1月ならやるというのは、それでも私にとって妥協のなかの妥協でした。

結果、私は恐れていた息子の中学受験前月を半ば放棄した形になりました。
せめてものの健康管理も何もしてやらなかったし、そもそも料理なんて下手くそだし、1月後半ずっとその辺のお弁当・惣菜・冷食解凍でしのいでいたようなもので、果たして息子の受験を全力で応援してたといえるのかと思えばとてもそうは思えない、つまりあの子にとっていい「母親」だなんてとても自称できなかったわけです。
フリーランスだからこそまったく自分の予定をコントロールできないはがゆさもありました。

それでも息子は希望していた学校の一つには受かってくれて、一つは結果待ちで、ともかく、どこに行くにしてももうその手続きは親として絶対にしくじれないからと2月前半の再校ゲラ直しにいたっては私は断ったわけです。プロ意識があるかないかといえばゼロかもしれない。

いまでも、こんな私じゃ母親だなんて言えない、プロの翻訳者とも言えない、せいぜい「本業:自宅警備員(副業:書籍翻訳業)」が適当だろうと思ってこの呼称に安心感をもつようになっています。

その後は学級委員として一気に3月の卒業式後のイベントの準備ですね。それ以外にもPTA・卒業する最終学年として色々ありましたが、やっていたことはある意味、副業よりも「仕事」っぽかったかもしれない。
それが私にとっての社会に対する「アンガージュマン」だったわけです。
それが果たしてよい「アンガージュマン」だったかどうかはわかりません。
こんなことを言ってしまうと、かえって決してよいとはいえないPTAの現状を認めるような足かせになるのでよくないかもしれません。それでもこの1年は私にとって転機でした。
学級委員である以上、PTAのほかのさまざまな仕事に「お手伝い」として行ったわけですが、それまでの5年間知らなかったことをよく知ることができました。

そうしたPTAの活動だけでなく、なんていうんでしょうか、自分の息子が地元でどんな学校に行き、どんな社会に暮らしているのか、知ろうとしていても実際には本気に知ろうとしてなかったことを私は知ることができたと思っています。
そして、確か他のエントリににも書いたことですが、仮にそれが結果的に実行できなかったことであったとしても、息子をとおして知り合った地元の方々の「善意」の言葉に救われることが多い一年でもありました。息子の担任だった先生にもずいぶんご協力いただいたように思います。

小学校なんて子供の頃は大嫌いでしたが、息子の行っていた小学校は、いい意味で私のすべての悪い思い出を塗り替えてくれたといっても過言ではありません。幸いにして、息子と私にとっては、一言でいってしまえば「楽しかった思い出」です。だからやっと今になって、私は自力で小学校を卒業できたのかなと思っているほどです。私なりの「アンガージュマン」も決して悪くなかった。でも、もう一度それほどの責任感を持ってできるかどうかはわかりません。

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日本経済新聞の5月26日朝刊に北海道大学教授 遠藤乾先生の書評が掲載されていました。どうもありがとうございます。




確かに書評でおっしゃるとおり、本書で提案する数多くの改革の一部は夢物語になる可能性もあります。各方面のしがらみの中、一筋縄でいかないものばかりですから。

また、マクロンが執筆当初想定においていたであろう、ドイツ総選挙でのメルケル派の圧勝にはならなかったため、ご指摘のとおり、欧州予算にどこまでドイツのお金を引き出せるかは不透明になっています。

シリアに関してはあくまで国連重視といっていたのに、シリアの空爆ではもはやそうも言ってられなくなりました。
ですがエルサレムがイスラエルの首都ではないという国連決議は守る方向でいます。

米国が離脱したイランとの包括的共同作業計画( JCPOA)を守ろうとして、一年前にはあれだけ冷ややかな雰囲気が漂っていたヴェルサイユでのマクロン・プーチン共同会見も、先週のそれはマクロンが相変わらず露仏関係の歴史と文化(ただしナポレオンは除く)を持ち出しながらも、そりゃアウェイの場とはいえ、ずいぶんマクロンがプーチンを立てたように思いました。

これから米国はイランに投資しているEU企業には制裁を科すでしょう。ですが、EU域内では一定の保証を欧州投資銀行がするという話にソフィアで行われたEUの会合でこぎつけたと、サンクトペテルブルクのマクロンは共同会見か単独記者会見で言ったように聞こえました。「あれ?」と思ったのですが、日本では採り上げていなかったようにで、メモを取らなかった私の聞き間違いかもしれません。

でもこの記事によるとそういうことでいいのかな?

そして書評であげてくださった外交面のみならず、国民の積極的な「アンガージュマン」を求めている内政問題、はたしてどうなるんでしょう。でも、私はマクロンの改革案によって「これまで何十年にもわたって積み重ねてきたゆがんだ国内問題があからさまになった」と思っているので、デモは当然だと思っています。

国鉄の話は別の機会にして、大学の問題にしましょうか。

明らかに人数をオーバーしている大学入学希望者。実際にとりたい授業もとれないほどの学生数。入りたい学部に入れない。
もう20年ぐらいになるんでしょうか?バカロレア改革で大学入学人数を増やした結果のようですが、かつては無かった問題です。
マクロンの自著では「なんとなく大学に進学して、なんとなく退学する人がいる。その前の進路指導をしっかりしないからだ。そんなことになるならば、やりたいこと、得意なことを早く明確にして職業訓練をするほうがいいのではないか。とはいえ、ニーズのある職業というものはきょうび一生続かないのだから、いつでも方針転換・転職できるように失業保険で新しい学業なり職業訓練を受けられるようなシステムを作らなければならない。失業した人にただ生活費を与えていてもしょうがないだろう」というようなことが書いてあります。

ただ生活費を与えてもらう方がその人の一生にとってよいのか、新しい仕事を始められるようにしたほうがいいのか、意見が分かれるところかもしれませんね。もちろん病気やけがの人は別ですよ。それはちゃんとマクロンでさえ、病気の人はきちんと保護されなければならないと述べています。またこれが日本でいう正職員だと失業保険がかなり高いけど、短期雇用契約を繰り返している人はそうでないとか、そもそも保険に手をつけられるための手続きにやたら時間がかかるから低収入で金銭的な余裕が無い人ほど困るとか、それ以前に細かく分けられた職種によって失業保険の保証がまちまちとか、年金制度もばらばらという、何がどういう意味でこの制度が平等なのかという問題もあるようなんですけどね。

その失業保険や年金問題は横においておくにしても、マクロンは「健康で働ける人」の「自尊心」を引合いに出してこう言っています。本当に生活費だけ与えてもらって社会に参画せずに毎日を過ごすだけでいいの?って。要するに「アンガージュマン」しなくて人生それでいいの?と。

いずれにしても確かにフランスで社会人が大学に入り直すってあまりないのかもしれません。日本の方がよっぽど生涯教育は進んでいるかもしれませんし。

リセに行く場合は、たしか希望を(日本でいう出願ですかね)数校に出して、受け入れられた学校に行くという方法をとっていると私は在仏の方に聞いたように思いますが、大学はバカロレアに合格し、希望を出しさえすれば必ずその大学の学部は受け入れなければならないとなっています(フランスの場合、またグランゼコールという日本でいうところの「受験」で決まるエリート養成高等教育機関があるからややこしいんです)。

だけど実際には大学では人数オーバーだから、抽選や成績別や先着順という選別はこっそりしていた。それを現政権は「公式に成績で選別できるように」改革しようとしているわけです。
ただ、傍目から見て、リセの場合なら行きたい学校に拒否されてもよくて、大学だと拒否されたらなんでいけないのかとは思います。今回の大学改革も希望の大学・学部をたしか最高で10件ほど出願できるんですよ。それでも教育の不平等につながるのでしょうか。この辺の感覚は私にもぴんと来ません。

私も彼の改革・すなわち「革命」が完遂できるかは否かは「長い目」で見ようと思います。





2018-05-18

日経新聞で『革命』について言及してくださったのはありがたいのですが……

やはりなににしてもマクロンの自著が話題になるのはよいことらしいのですが、私はどうにも論点がぴんとこなかったので、次のような記事をMediumのほうに書きましたので、興味があるかたは読んでいただければと思います。