2018-12-04

「お気持ち」の時代

日本でも今年をふり返れば、「私の『お気持ち』を害したのは、あなたの責任です」的な言われ方をする事件が結構あったように思いますが、これって何も日本だけの傾向ではないです。

以前書いたテレビシリーズのビッグバン★セオリーに出演する、ジム・パーソンズも今の社会はあまりにも簡単に、結局のところさほどたいしたことでもないことでも傷つく、というようなことを言っていましたが、米国は訴訟社会といわれ、しかもそれこそ、そんなことでも慰謝料請求するの??っていうようなネタはむか~しからありました。私が覚えている限りでも子供の頃から。

フランスで元々は燃料税増税によるガソリン値上げに対するデモ活動だったものが、もはや当初の目的を逸脱した暴動に発展しました。地方の人々が怒るのはわかるんですよ。パリほど公共交通網が発達していないから。

ガソリンの値段が上がったのは、まずは石油価格を他国に依存しているというのもあるでしょう。中東諸国、特にそれからトランプのアメリカが協定をひっくり返してイランに経済制裁するというあれの影響も少なからずあるのかもしれません。フランスがイランの核開発問題をソフトランディングで解決したかったのも、自国の石油会社がかなりイランに投資していたからというのもあります。でも石油価格が今世紀になって上がっているのは、どこでもそうですよね。別にマクロン大統領になったからではない。

でも、燃料税の増税となると話は違ってくる、ということになります。

マクロン大統領は、自著でも熱く語っているように、フランスが経済力を取り戻す方法はクリーンテック産業に力を入れることであると信じています。経済推進派なんですけど、ちょっとこれまでのフランスの政治家とは路線が変わっていて、経済を推進させる方法として環境保護運動を積極的に利用しようという立場です。

フランスは原子力発電の割合が多い国ですが、発電所が日本と同様に老朽化しているんですね。これはまずいという段階。しかも日本でも反原発派の方々ならば特に詳しいように、あれ作り直すにしても、だましだまし維持するのにも、発電の結果残ってしまう放射性物質を処理するのも、かなりお金がかかる。

ヨーロッパは石炭を燃料に使っている国が多いのですが、たしかやっとドイツが石炭生産をやめたとかいう段階ではないでしょうか?英国もずいぶん石炭採掘をやめたとはいえ、まだまだ利用は多い国です。この2カ国が石炭利用をやめたら、ヨーロッパの温室効果ガスの削減はかなり進むと計算されているようです。逆にいえば、いまさらフランス石炭なんて使えないですよね。

フランスの現政権の言い分としては、そもそも石油価格が高騰してガソリンが高くなるのは、石油を他国に依存しているからだ。だから、再生可能エネルギーに移行しないと、他国の状況でうちの国が振り回されるんだからガソリンの車……ましてやディーゼル車とか使ってる場合じゃないんだよ、さっさとEVに移行しないと。原子力発電は徐々に減らすつもりだけどいま完全にやめるつもりはない。つまり、うちの国は現状、石油や石炭に依存しすぎなくてもまだ発電できるんだから、いまのうちにEU枠で他国にも排ガス規制を強いたほうが、クリーンテック産業をリードする勝算がある、そして新しい産業である風力発電やその他色々も同時に始めたら、これまでなかった雇用だって増えるだろうし、だから将来を見越してだから燃料税を資金にして……そろそろみんなEVに買い換えて、他国にもEV売りまくってルノーや日産の業績も上げて……

そういう言い分なんだと思うんですけどね、問題は国民はそこまで頭がよくない、目先のことしかみえない、はっきり言って、マクロンやフィリップがこれまでの政治家よりも経済活動に詳しすぎるからこんなことになっちゃってる、ともいえる。フランスの政治家はわりと、グランゼコール経由で官僚から政治家になっていく「民間の会社でほとんど働いたことのない」経済オンチでしたから。

しかも、デモをやると予告がされたときにマクロン大統領と現フィリップ内閣は「意見の表明をするのは自由だからデモ自体はかまいませんよ」と言ったわけです。「でもエネルギー転換政策はフランスの将来に必要だ」と。

これがね、要するに地方のまだ不遇な人々にとって、エリートマクロンやフィリップの上から目線発言に受け止められたわけですよ。はっきり言えば「国民のお気持ちを害した」わけです。

実際、この黄色のベストのデモが始まった当初は、パリが一番そのデモには無関心でした。オリンピック招致も決まっているパリは、今の市長も大気汚染をなくしましょう活動に熱心なこともありますし。

マクロンとフィリップ内閣が「デモをするならそれはフランス人の権利です」と言ったことが、どういうわけか「パンがなければブリオッシュを食え」と同義に解釈されたんでしょうかね、ますます地方の人々にとっては「パリ(金持ち)は恵まれているから」と恨み辛みが爆発したわけです。しかも、メディアは大手から怪しいフェイクものまでそういう恨み辛みを煽るような報道をする。いわゆる分断をあおりました。

というわけで、週末になると人々がパリにやってきて、もはや本来の燃料税云々以前に、いけすかないマクロンを引きずり下ろす、面目をつぶすために、あちこちでモノを壊しまくって略奪するという結果になりました。別にパリ住民じゃなければ、パリのモノ壊しまくったって自分は痛くもかゆくもない。みんなでやれば捕まる確率も低いし。それぐらいパリはされて当然だと恨みを買ったわけです。パンもブリオッシュも食べられる人たちだから、という理由なんでしょう。

私、大統領選の時からずっと思っていたんですけどね、マクロンっていけすかないようにみえるかもしれないけど、むしろおめでたいんですよ。結構素直なタイプだと思いますよ。
意外と人の善意を信じるタイプです。説明すれば誰だって自分のいわんとしていることはわかってくれるって本気で信じているような人。他人の話を聞かない、とか、他人の話を自分の意図していたように理解できないとか、読解力がない人が世の中過半数は優に占めるであろうことがわかっちゃいない。

たとえば選挙戦の時でも自分に反対する地元の閉鎖予定の工場……完全アウェイ状態の中乗り込んでいって、1時間も工場の門の外でぎゃあぎゃあ話し合ったりしたわけです。目をそらさずに「必要とされる産業は時代によって変わる。政治家が特定の企業の工場閉鎖を止めることは、民主主義・資本主義国家ではできないこと。私は他の産業を呼び込むために動くことならば政治家として動くことはできる。だから待ってくれ」と言うわけです。大抵の政治家は、ルペンがそうだったように「工場閉鎖を止めるようにします」と口約束しますよ。できもしないのに。

(ちなみにこのアミアンのワールプール工場ポーランドへ移転事件はその後、非常に面白い展開になったので、いつかそのことを書きたいと思っていながら、それができないままいまや暴動です)

EUはフランスの敵ではなくて、EUこそフランスが道を開いていける基礎となると、理屈をもって説明すればわかってもらえる。労働法改革もすぐには結果はでないかもしれないけど、ただ国からその場しのぎで手当をもらって甘んじて暮らすよりは、長い目で見れば必要とされる技能を身につけて自活して、さらには豊かになれるかもしれない道筋を作った方がいいのだからといったことも、説明すればわかってもらえるって本気で信じている……さすがのマクロンもいまや「信じていた」と過去形で考えてしまっているのかもしれないけど。

「デモをするのは人々に与えられた自由」というのはフランスの基本となる精神だからと当初認めたマクロンは、いまや「こんなに大ごとになって状況をおさめられないのはおまえのせいだ」とまた怒りを買っているようです。

そう、本人はそんなつもりは全然ないのに、国民は勝手に「お気持ち」を害したからなのです。
まだマクロンが大統領になってから2年経ってないし、フィリップ内閣がこれまではじめた改革もまだ結果出てない段階ですよ。源泉徴収制度導入なんて、まだ始まってもいないんですよ。それなのに、これは自分たちに不利な改革だと決めつけてパニック起こしてる。

当初の目的から今は「源泉徴収制度撤回・燃料税増税撤回・最低賃金の値上げ」を求めるデモになったそうですが、この中で今の政権が応じられるものがあるとしたら最低賃金の値上げぐらいじゃないでしょうか。

なお、この源泉徴収制度導入については、カルロス・ゴーンの逮捕と絡めてまた別の機会に書こうと思います。はてなブログのほうで、自分にとってのフランスについての振り返りにも絡めようかな。

フランス人にとって源泉徴収制度導入するのに嫌な理由がいくつかあるんんですけど、そのうちの一つが「収入が減ってしまった感がするから」なんだそうです。「一括で税金を払ったほうが収入が減った感が少ない」んですって。

私に言わせれば、なんだそりゃ、なんですけどね。

日本でiPhoneが昔から売れ続けていたのはむしろ、一括で払わないで分割払いにしたからですよね。だからあの端末が高額な印象を受けずに、みんなよってたかって買ったというのに、フランス人にとっては分割払いにするほうが「高く感じる」らしい。結局「お気持ち」ですよね。だって税金の場合、一括だろうと分割だろうと額は変わらないのに。
いったいその言い分のどこが数学大国フランス的なのか、もはや私にはわからなくなっています。

フランス人にとっては逆らしいというのは、心当たりがありまくりなので、やっぱりゴーンの件といっしょに後日書きます。

追記(2018/12/04 22:00)

COP24がポーランドで開催されるにあたり、先日興味深い記事を読みました。2020年には温室効果ガスの排出量の増加を2%までに抑えなければならないという目標があるのですが、何とフランス、2017年は前年度比でCO2排出量が3.2%も増加しているのです。なお、EU諸国の平均としては1.8%増加で横ばいでした。

先にも述べたとおりマクロンはエネルギー転換政策を世界に向けて発信し、推進しようとしている手前、この数字はかなり見栄えがよろしくないわけです。だから、私は大統領としては燃料税の増税に関する妥協はできないだろうなと踏んでいましたが、先ほど、フィリップ首相が会見を行ないました。

首相としては、確かに働いても報われない人々に対する説明が足りなかったという認識をもっているそうです。そしてどんな税金も国民を分断するようなことがあってはいけない、と。

いわく、人々の生活の向上は内閣の優先事項。最低賃金も1月からここ数年ではなかったほどの値上げをする(したがって先に挙げた最低賃金の値上げは、それ以上上げろという要求になります)。住民税も下げた。けれども、たとえば、遠隔地にほかの交通手段がなく車で通勤している人々、それから燃料を消費せざるを得ない断熱化されていない古い住居に住むような人々(当然、生活に余裕がない人々)に対する配慮が行き届いていなかったと、地方自治体の各関係者たちにも話を聞いて実感したようです。いや、聞くまでもなかっただろうと当事者たちは言いたいんでしょうけどね。

今年フランスは交通事故死削減を目標に公道の最高速度制限を時速90キロから80キロに下げていまする方針を発表しました。首相曰く年間400人ほど事故死を減らせるとのことでしたが、大統領はまず2年試験的にやってみて実際に死者を減らせるか確認するとしていました。つまり車で長距離通勤している人たちにとっては通勤時間が長くなるために不評を買っていたわけです。標識を変える金もないと地方自治体にも不評でしたが、標識変えなくても80キロをオーバーしたら罰金とのことで、行政による罰金巻き上げだと、賛成している人はほとんどいないという政策を断行しています。導入しようとしました。(まだ施行されてなかったんですね。これも一月からの予定だったのをいったん延期。)

今回のデモのきっかけはそういう「既にこっちは不便を強いられているんだ」という背景があるにはあったので、配慮が行き届いていなかったというのはその辺も差しているのだと思われます。

そこで今月15日から3月まで各関係者と討議するとのことです。6ヶ月、つまり冬の間の燃料税の増税や電気料金やガス料金の値上げはしないとのこと。といっても環境問題への対応、エネルギー転換は避けて通れないものではあるので、まずは話し合う。その結果どうなるか、その責任は内閣が負うべきものだという認識のようです。

なお、先週土曜日のパリの公共施設、歴史的建造物、商業施設の破壊、落書きその他は許せないとのことです。捕まえて相応の刑罰を受けてもらいますとのことですね。これらの膨大な被害を修復するにはそれこそ「フランス人が納めた税金を使うことになるんです!!!」と首相。税金っていうのはもともとあなたたちの金なんだから、こんな無駄遣いやってられんだろうが、という当たり前だけど、フランス人が忘れがちな嫌みをさらっと言っているのがフィリップ首相らしいなあと思った次第です。財政赤字から脱却しようと一生懸命な首相なので、我慢ならなかったんでしょうね。

一応、COP21パリ協定から3年、COP24を控えてのfrance cultureの記事のリンクを貼っておきます。なおTwitterで私はG20の中の劣等生はロシアと中国と書いたかもしれませんが、正確にはロシアとインドです。



0 件のコメント: